湧き水fun倶楽部会員のみなさんが訪れた湧き水を
ブログで紹介することになりました。
旅行で、ドライブで、ちょっと通り過ぎたけど気になった?!
などなど、皆さんからの情報をお待ちしています!!
今回は事務局の渡辺さんからの報告です。
事務局の渡辺です。今回は、仕事で行った宮城島で見つけたカーをご紹介します。
平安座島、宮城島、伊計島と並ぶ勝連半島近くにあるこの島々。伊計島には行ったことはあっても、宮城島には行ったことがない、という方も多いのではないでしょうか。実は私もそんな一人で、伊計島には何度も行っているのに、宮城島で車を降りるのは初めてでした。そんな宮城島を車で走っているときに、何とも怪しい(?)ものを見つけ、車を降りてみました。

この湧水は「ヤンガー」というそうで、大きな池と、(写真ではわかりづらいのですが、大きな亀も写っています。亀は2匹いて、近づくと水の中に逃げます。)

立派な湧き口があります。黄色い札には、「注意 1 ここの水で手・足・頭など物を洗ってはいけない。 2 あらい物は、下の池で」と書かれていて、カップが括り付けられています。今も飲めるのでしょうか。上流で洗い物を禁止するというのは、浦添の仲間樋川にもありますが、ここには「違反者には罰則」みたいなものはないようです。

また、案内板もありました。写真ではよくわからないと思いますので要約しますと、「琉球石灰岩とクチャで成り立つ宮城島には多くの湧水がある。その中で一番の湧出量をもつヤンガーは1849年与那城間切の名嘉村ペーチンと池味ペーチンが住民19人の協力を得て石造の改修工事をしたことが「球陽」に記録されており、当時の建築技術の高さを今に伝えている。現在でも正月の若水や産水としても使用されており、日常生活にかかせない貴重かつ神聖な水源となっている」。と書かれていました。
このヤンガーからほど近い宮城集落の訪問先へ行くべく道を歩いているとまた見つけました。

貯水タンクらしいものと、湧水の小さな池らしいものが見えます。早速調査開始です。

手前のものはタンクでしょうか。今は使われていないようです。その奥に湧水らしいものがあるのでそこも覗いてみます。

上にネットが貼られていて、ヒモ付きのバケツがあるので、今も水が湧いていて使われているのかも知れません。

中を覗いてみると、やはり水がありました。農業用水などに利用されているのでしょうか。
仕事を終えての帰り道、「しゃべる道路地図」と呼ばれる私の脳が帰りは行きと違うルートで帰るよう指示を出しました。ところが、池味地区あたりで道を間違えたらしく、迷ってしまいました。そんなときに、またまた湧水発見です。

タチチガー。

立派な湧き口と、

大きな池があり、ジャバジャバと水が流れていました。
宮城地区・池味地区と、近接するごく狭いエリアで見つけたこの3つの湧水。この地域は伊計島に近いエリアですが、平安座島に近いエリアはどうなのか、また次に訪れるときの楽しみができました。
ブログで紹介することになりました。
旅行で、ドライブで、ちょっと通り過ぎたけど気になった?!
などなど、皆さんからの情報をお待ちしています!!
今回は事務局の渡辺さんからの報告です。
事務局の渡辺です。今回は、仕事で行った宮城島で見つけたカーをご紹介します。
平安座島、宮城島、伊計島と並ぶ勝連半島近くにあるこの島々。伊計島には行ったことはあっても、宮城島には行ったことがない、という方も多いのではないでしょうか。実は私もそんな一人で、伊計島には何度も行っているのに、宮城島で車を降りるのは初めてでした。そんな宮城島を車で走っているときに、何とも怪しい(?)ものを見つけ、車を降りてみました。
この湧水は「ヤンガー」というそうで、大きな池と、(写真ではわかりづらいのですが、大きな亀も写っています。亀は2匹いて、近づくと水の中に逃げます。)
立派な湧き口があります。黄色い札には、「注意 1 ここの水で手・足・頭など物を洗ってはいけない。 2 あらい物は、下の池で」と書かれていて、カップが括り付けられています。今も飲めるのでしょうか。上流で洗い物を禁止するというのは、浦添の仲間樋川にもありますが、ここには「違反者には罰則」みたいなものはないようです。
また、案内板もありました。写真ではよくわからないと思いますので要約しますと、「琉球石灰岩とクチャで成り立つ宮城島には多くの湧水がある。その中で一番の湧出量をもつヤンガーは1849年与那城間切の名嘉村ペーチンと池味ペーチンが住民19人の協力を得て石造の改修工事をしたことが「球陽」に記録されており、当時の建築技術の高さを今に伝えている。現在でも正月の若水や産水としても使用されており、日常生活にかかせない貴重かつ神聖な水源となっている」。と書かれていました。
このヤンガーからほど近い宮城集落の訪問先へ行くべく道を歩いているとまた見つけました。
貯水タンクらしいものと、湧水の小さな池らしいものが見えます。早速調査開始です。
手前のものはタンクでしょうか。今は使われていないようです。その奥に湧水らしいものがあるのでそこも覗いてみます。
上にネットが貼られていて、ヒモ付きのバケツがあるので、今も水が湧いていて使われているのかも知れません。
中を覗いてみると、やはり水がありました。農業用水などに利用されているのでしょうか。
仕事を終えての帰り道、「しゃべる道路地図」と呼ばれる私の脳が帰りは行きと違うルートで帰るよう指示を出しました。ところが、池味地区あたりで道を間違えたらしく、迷ってしまいました。そんなときに、またまた湧水発見です。
タチチガー。
立派な湧き口と、
大きな池があり、ジャバジャバと水が流れていました。
宮城地区・池味地区と、近接するごく狭いエリアで見つけたこの3つの湧水。この地域は伊計島に近いエリアですが、平安座島に近いエリアはどうなのか、また次に訪れるときの楽しみができました。
平成24年5月16日(水)付、琉球新報投稿欄に
「震災と井戸の活用」という投稿記事がありました。
とてもいい記事でしたので、まだ、ご覧になっていない
方は是非、お読み下さい。
(事務局 渡辺)
追伸:後日、ごやさんからも同じ情報が寄せられました!
これからも、よい情報があれば、是非、お寄せ下さいね。
(ぐし)
「震災と井戸の活用」という投稿記事がありました。
とてもいい記事でしたので、まだ、ご覧になっていない
方は是非、お読み下さい。
(事務局 渡辺)
追伸:後日、ごやさんからも同じ情報が寄せられました!
これからも、よい情報があれば、是非、お寄せ下さいね。
(ぐし)
沖縄地方が梅雨入り宣言をしたその朝、
湧き水fun倶楽部4月定例会が行われました。
湧き水の聞き取り調査をする際に、地域の歴史を知っているのと
知らないのでは、理解に差ができてしまうので、浦添の歴史の元
となる「浦添城」と王の墓「ようどれ」を中心に今回は会員の
浪岡さんと鈴木さんが案内して下さいました。

案内板の前に立って説明してくれたのは鈴木さん。

浪岡さんが準備してくれた資料と案内板でしっかりと位置の確認
をして出発です。

まずは「浦添ようどれ」に向かいます。

暗しん御門(くらしんうじょう)を通って

中に入ると

琉球国王初期の王陵で13世紀に築かれたといわれる
「ようどれ」が目の前に。「ようどれ」とは沖縄の言葉で「夕凪」。
安心して暮らせる場所という意味があるそうです。
手前(西室)は「英祖王」奥(東室)には「尚寧王」が眠っているそうです。

伊波普猷の墓、復元中の城壁、愛知県の慰霊碑跡、浦添家の館跡、
浦和の塔、ディークガマを周り展望台でひと休み。

浦添城跡内には、沖縄の歴史の中でも重要な場所がいくつもあること
が知られていますが、戦争遺産が意外に多いことに驚かされます。
ここで沖縄戦の様子を聴いていると、目の前に広がる風景の見え方が
違ってきます。
城跡内の原っぱの斜面にはかわいい花がいっぱい咲いているのを
ごやさんが見つけ「お花畑みたい~」叫んでいました。
「この花なんだろうね~」としばらく写真を撮ったりして癒されました。
参加した石井さんが後日、花の名前を調べて教えてくれました。

小さい花が「ユウゲショウ」

大きい方は「ヒルザキツキミソウ」
ようどれ(ユウナギ)に咲くユウゲショウいいですね。
一面に咲かせて「ようどれ」の花にしてもいいかも。
石井さんはこのような言葉を添えて下さいました。
ステキですね。
この後訪れたのが「前田高地平和之碑」

ここは日本軍の戦没兵士のための慰霊碑だそうです。
私はこの慰霊碑の存在を初めて知りました。
浪岡さんの話によると、沖縄戦で戦没した兵士の数は
北海道出身者が一番多かったそうです。
浪岡さんのお父様は北海道の出身で兵士として満州で
負傷し九死に一生を得て関西の陸軍病院で治療を受け
一命を取り留めたそうですが、もし、負傷せずに戦って
いたとしたら、その後は沖縄で戦いここに名前が刻まれ
る運命だったはず・・・そうなっていたら、私はここに
おらんかったし、ここでみなさんにこんな話をすることも
なかったかもしれませんね・・・という浪岡さんの言葉
が心にずしんと響きました。
戦争を国の歴史ではなく個の歴史の積み重ねで考えてみる
と、違った角度から見えてくることがたくさんあるような
気がします。
ひとりひとりが語れる部分でいいので戦争の語り部になる
ということもとても大切なことだと思いました。
人の思いというものは、やはり伝わるものがあります。

城跡の東の端まで歩いていくと、そびえ立つ
「為朝岩(はなれじー、ニードルロック)」を目の前に見ることが
できました。
ここも戦争遺産のひとつです。
参加した渡辺さんが
「この岩、少し前まではもっと高かったような気がするのですが・・」
と質問すると、浪岡さんは
「そうなんですよ。よく気がつきましたね。ここも保存するのであれば
対策が必要だと思うのですが、そのあたりを検討することも大事かも
しれませんね」
というお話しでした。
その後、今年3月に発行した改訂版「浦添の湧き水マップ」に
加えられた湧き水(正確には跡)の「鏡川(カガンウカー)」へ。

水面が鏡のように美しかったというのが名前の由来で、
「琉球国由来記」には、お正月に国王の若水として恵方の水を汲む
ための泉のひとつとして大切に守られていたことが記されている
神聖な場所です。
残念ながら採石で水は枯れてしまったそうです。

その他、石畳や浦添城の碑をまわり、もう一箇所、湧き水の跡がある
というので案内してもらいました。

「カラウカー」
こちらも水が枯れてしまっている・・・というはずでしたが、
のぞいてみると驚いたことになんと水がある!!

これには案内をしてくれた浪岡さんもびっくりしていました。
その後、戦争の時に近くの人たちが隠れたガマの跡を見て、
最後は魚小堀(イユグムイ)跡で今日の散策会のプログラム
は終了しました。
資料を準備し、調整や下見と入念な計画で今日の定例会の
講師として案内してくれた浪岡さん、鈴木さん本当にありがとう
ございました。
日本の歴史は学校で勉強した記憶があるのに、沖縄の歴史は
あまり詳しく知らないウチナーンチュも多いのですが、とても
わかりやすく楽しく浦添の歴史を学ぶことができ、有意義な時間
を過ごすことができました。
まだ、少し時間があったので、近くの伊祖城跡まで足を伸ばし

その道向こうの小さな階段を下りて

立津(タチチ)ガーに行ってみることに。

以前よりも水がきれいになっていて、手で触れたり足を浸したり。

流れに沿って歩いていくと、奥には白い馬が飼われていました。

かつて首里王朝時代に国王の若水献上行事の際、沢岻樋川から
水を汲んでお城に届けるときには、「白い馬」にのって水を
届けたという話を思い出しました。その馬の子孫なのでしょうか???
お昼を挟み、午後は今年度より活動拠点としてミーティング
の際に会議室をお借りすることになった「環境科学センター」へ。

金城さんと桂さんがいろいろと準備をして下さり、和気藹々と今後の
活動内容についての話合いを行うことができました。
本当にありがとうございます。
参加した皆さん、お疲れ様でした。
湧き水fun倶楽部4月定例会が行われました。
湧き水の聞き取り調査をする際に、地域の歴史を知っているのと
知らないのでは、理解に差ができてしまうので、浦添の歴史の元
となる「浦添城」と王の墓「ようどれ」を中心に今回は会員の
浪岡さんと鈴木さんが案内して下さいました。

案内板の前に立って説明してくれたのは鈴木さん。

浪岡さんが準備してくれた資料と案内板でしっかりと位置の確認
をして出発です。

まずは「浦添ようどれ」に向かいます。

暗しん御門(くらしんうじょう)を通って


中に入ると

琉球国王初期の王陵で13世紀に築かれたといわれる
「ようどれ」が目の前に。「ようどれ」とは沖縄の言葉で「夕凪」。
安心して暮らせる場所という意味があるそうです。
手前(西室)は「英祖王」奥(東室)には「尚寧王」が眠っているそうです。

伊波普猷の墓、復元中の城壁、愛知県の慰霊碑跡、浦添家の館跡、
浦和の塔、ディークガマを周り展望台でひと休み。

浦添城跡内には、沖縄の歴史の中でも重要な場所がいくつもあること
が知られていますが、戦争遺産が意外に多いことに驚かされます。
ここで沖縄戦の様子を聴いていると、目の前に広がる風景の見え方が
違ってきます。
城跡内の原っぱの斜面にはかわいい花がいっぱい咲いているのを
ごやさんが見つけ「お花畑みたい~」叫んでいました。
「この花なんだろうね~」としばらく写真を撮ったりして癒されました。
参加した石井さんが後日、花の名前を調べて教えてくれました。
小さい花が「ユウゲショウ」
大きい方は「ヒルザキツキミソウ」
ようどれ(ユウナギ)に咲くユウゲショウいいですね。
一面に咲かせて「ようどれ」の花にしてもいいかも。
石井さんはこのような言葉を添えて下さいました。
ステキですね。
この後訪れたのが「前田高地平和之碑」

ここは日本軍の戦没兵士のための慰霊碑だそうです。
私はこの慰霊碑の存在を初めて知りました。
浪岡さんの話によると、沖縄戦で戦没した兵士の数は
北海道出身者が一番多かったそうです。
浪岡さんのお父様は北海道の出身で兵士として満州で
負傷し九死に一生を得て関西の陸軍病院で治療を受け
一命を取り留めたそうですが、もし、負傷せずに戦って
いたとしたら、その後は沖縄で戦いここに名前が刻まれ
る運命だったはず・・・そうなっていたら、私はここに
おらんかったし、ここでみなさんにこんな話をすることも
なかったかもしれませんね・・・という浪岡さんの言葉
が心にずしんと響きました。
戦争を国の歴史ではなく個の歴史の積み重ねで考えてみる
と、違った角度から見えてくることがたくさんあるような
気がします。
ひとりひとりが語れる部分でいいので戦争の語り部になる
ということもとても大切なことだと思いました。
人の思いというものは、やはり伝わるものがあります。

城跡の東の端まで歩いていくと、そびえ立つ
「為朝岩(はなれじー、ニードルロック)」を目の前に見ることが
できました。
ここも戦争遺産のひとつです。
参加した渡辺さんが
「この岩、少し前まではもっと高かったような気がするのですが・・」
と質問すると、浪岡さんは
「そうなんですよ。よく気がつきましたね。ここも保存するのであれば
対策が必要だと思うのですが、そのあたりを検討することも大事かも
しれませんね」
というお話しでした。
その後、今年3月に発行した改訂版「浦添の湧き水マップ」に
加えられた湧き水(正確には跡)の「鏡川(カガンウカー)」へ。

水面が鏡のように美しかったというのが名前の由来で、
「琉球国由来記」には、お正月に国王の若水として恵方の水を汲む
ための泉のひとつとして大切に守られていたことが記されている
神聖な場所です。
残念ながら採石で水は枯れてしまったそうです。

その他、石畳や浦添城の碑をまわり、もう一箇所、湧き水の跡がある
というので案内してもらいました。

「カラウカー」
こちらも水が枯れてしまっている・・・というはずでしたが、
のぞいてみると驚いたことになんと水がある!!

これには案内をしてくれた浪岡さんもびっくりしていました。
その後、戦争の時に近くの人たちが隠れたガマの跡を見て、
最後は魚小堀(イユグムイ)跡で今日の散策会のプログラム
は終了しました。
資料を準備し、調整や下見と入念な計画で今日の定例会の
講師として案内してくれた浪岡さん、鈴木さん本当にありがとう
ございました。
日本の歴史は学校で勉強した記憶があるのに、沖縄の歴史は
あまり詳しく知らないウチナーンチュも多いのですが、とても
わかりやすく楽しく浦添の歴史を学ぶことができ、有意義な時間
を過ごすことができました。
まだ、少し時間があったので、近くの伊祖城跡まで足を伸ばし

その道向こうの小さな階段を下りて

立津(タチチ)ガーに行ってみることに。

以前よりも水がきれいになっていて、手で触れたり足を浸したり。

流れに沿って歩いていくと、奥には白い馬が飼われていました。

かつて首里王朝時代に国王の若水献上行事の際、沢岻樋川から
水を汲んでお城に届けるときには、「白い馬」にのって水を
届けたという話を思い出しました。その馬の子孫なのでしょうか???
お昼を挟み、午後は今年度より活動拠点としてミーティング
の際に会議室をお借りすることになった「環境科学センター」へ。

金城さんと桂さんがいろいろと準備をして下さり、和気藹々と今後の
活動内容についての話合いを行うことができました。
本当にありがとうございます。
参加した皆さん、お疲れ様でした。
先日の定例会で金城義信氏が情報提供してくださいました
H24年4月22日(日)付け沖縄タイムス8面の記事について
の情報をリンクしておきます。
環境省 都道府県別湧水把握件数
(平成21年実施)
http://www.env.go.jp/water/yusui/result/sub4-1.html
これを見ると、なんと沖縄の湧き水は、
全国で5番目に多い件であることがわかります。
1位 千葉県 2182件
2位 愛媛県 2028件
3位 長野県 1536件
4位 富山県 1270件
5位 沖縄県 1058件
貴重な情報をありがとうございました。
このように湧き水に関する情報がございましたら、
事務局にご一報下さい。
よろしくお願いします。
H24年4月22日(日)付け沖縄タイムス8面の記事について
の情報をリンクしておきます。
環境省 都道府県別湧水把握件数
(平成21年実施)
http://www.env.go.jp/water/yusui/result/sub4-1.html
これを見ると、なんと沖縄の湧き水は、
全国で5番目に多い件であることがわかります。
1位 千葉県 2182件
2位 愛媛県 2028件
3位 長野県 1536件
4位 富山県 1270件
5位 沖縄県 1058件
貴重な情報をありがとうございました。
このように湧き水に関する情報がございましたら、
事務局にご一報下さい。
よろしくお願いします。
報告がだいぶ遅くなりました。
平成23年度 浦添市まちづくりプラン賞の助成を受けて作成しました
「浦添市湧き水MAP」(2012 改訂版)の発行を記念して
3月31日(土)に浦添市ハーモニーセンターで行われた
『湧き水資料展』の様子をお伝えします。
午後1時の開場を前に準備をしたり、交代でお昼を取ったり。。。
(開場1時間前の様子)

受付も準備完了です。

玄関には、一斗缶を使った昔の水汲み道具を展示することに。

昔の水汲みの様子がわかる写真を添えました。

(左頁 上の写真です)

「昔はこんな風に担いだのよ~」
と楽しそうに担いで見せてくれたのは金城さん。
湧き水fun倶楽部の今までの活動の資料や寄贈本の展示コーナー。

湧き水と環境を考えるコーナーも充実していました。

条件の整った湧き水にしか生息しない「シマチスジノリ」の標本の展示もありました。

午後1時前から少しずつではありますが、とぎれることなく人が訪れ、皆さん熱心に
資料をご覧になっていました。

県内の主な湧き水を紹介したり、

実際に行った湧き水めぐりの様子を紹介したコーナーもとても楽しく見ることができました。

湧き水の歴史と文化を考えるコーナーには、手作りの実験器具が登場。

これは、湧き水がどのようにして湧き出すのかがわかるすごい装置です。

こうして水を注ぐと、琉球石灰岩層とクチャ(泥層)の間から、水が湧き出すのが
ひと目でわかります。
その後、環境班も続けて水質を確かめるための実験を行いました。

本来は湧き水を使って調べる予定でしたが、天候の都合で「お米のとぎ汁」を使った
実験。色を見ると水質の汚れ具合がわかります。

事務局の設置したビデオコーナーでは、湧き水めぐりの様子を上映。

垣花樋川での水汲み体験の様子をご覧になっている所です。
壁面を使って活動の様子を伝えるパネルも今回、助成金を使って作成しました。

浦添の湧き水マップ拡大版。

湧き水fun倶楽部 平成23年の活動内容についてのパネル。

プロの写真家の二ノ宮信夫さんに撮影して頂いた「沢岻樋川お水取り行事」の写真。

湧き水の利用法やしくみ等、湧き水についていろいろな場所でお話しする際の説明に
使うパネルも展示しました。

ひとつひとつ丁寧に展示されているものを見てくださる方も多く、とてもうれしかった
です。
個人で持ち寄ったテーマ資料も人それぞれで興味深いものがたくさんありました。

県内の水道の水源としての湧き水を紹介した今では手に入れることのできない官公庁
発行の冊子や「名水百選」「平成の名水百選」をはじめ、県外の湧き水関連本。
震災後スポットの当たった地域井戸の本。

湧き水と関連の深い、地質や生物、水質、環境を考える専門書など

会員同士もなかなかお互いの書棚をのぞくチャンスはないので、興味津々な様子で
楽しめました。

始まる前までは、お客さんよりスタッフの方が多いのでは???
と少々心配もありましたが、結果的にはたくさんの方が訪れてくださり、

おかげさまで当日予定をしていた配布分100部は、終了時刻の午後4時にはなくなりました。

最後はみなさん、お茶を飲みながらのご歓談。

歴史、文化、環境、沖縄等、様々なキーワードが『湧き水』というテーマで一同に集められ
参加者の皆さんも様々な入り口から「湧き水」を見ることができ、コーヒーを片手に
楽しそうに語る姿を見て、「サイエンスカフェ」のようだと言っていらっしゃった方が
いました。
実際に私はそのような場所に行ったことがないので、どのようなものかはわかりませんが、
なんだか楽しそう!と知的好奇心がくすぐられます。
気取ることなく、気軽に楽しみながら、違う分野に関心のある方たちとの交流ができる場
というのはありそうで身近にはなかなかないのかもしれませんが、また、このような機会
を作って楽しい時間をすごしてみたいなと思いました。
足を運んでくださいました皆様、本当にありがとうございました。
そして、スタッフの皆様お疲れ様でした。
平成23年度 浦添市まちづくりプラン賞の助成を受けて作成しました
「浦添市湧き水MAP」(2012 改訂版)の発行を記念して
3月31日(土)に浦添市ハーモニーセンターで行われた
『湧き水資料展』の様子をお伝えします。
午後1時の開場を前に準備をしたり、交代でお昼を取ったり。。。
(開場1時間前の様子)

受付も準備完了です。

玄関には、一斗缶を使った昔の水汲み道具を展示することに。
昔の水汲みの様子がわかる写真を添えました。

(左頁 上の写真です)

「昔はこんな風に担いだのよ~」
と楽しそうに担いで見せてくれたのは金城さん。
湧き水fun倶楽部の今までの活動の資料や寄贈本の展示コーナー。

湧き水と環境を考えるコーナーも充実していました。

条件の整った湧き水にしか生息しない「シマチスジノリ」の標本の展示もありました。

午後1時前から少しずつではありますが、とぎれることなく人が訪れ、皆さん熱心に
資料をご覧になっていました。

県内の主な湧き水を紹介したり、

実際に行った湧き水めぐりの様子を紹介したコーナーもとても楽しく見ることができました。

湧き水の歴史と文化を考えるコーナーには、手作りの実験器具が登場。

これは、湧き水がどのようにして湧き出すのかがわかるすごい装置です。

こうして水を注ぐと、琉球石灰岩層とクチャ(泥層)の間から、水が湧き出すのが
ひと目でわかります。
その後、環境班も続けて水質を確かめるための実験を行いました。

本来は湧き水を使って調べる予定でしたが、天候の都合で「お米のとぎ汁」を使った
実験。色を見ると水質の汚れ具合がわかります。
事務局の設置したビデオコーナーでは、湧き水めぐりの様子を上映。

垣花樋川での水汲み体験の様子をご覧になっている所です。
壁面を使って活動の様子を伝えるパネルも今回、助成金を使って作成しました。

浦添の湧き水マップ拡大版。

湧き水fun倶楽部 平成23年の活動内容についてのパネル。

プロの写真家の二ノ宮信夫さんに撮影して頂いた「沢岻樋川お水取り行事」の写真。

湧き水の利用法やしくみ等、湧き水についていろいろな場所でお話しする際の説明に
使うパネルも展示しました。

ひとつひとつ丁寧に展示されているものを見てくださる方も多く、とてもうれしかった
です。
個人で持ち寄ったテーマ資料も人それぞれで興味深いものがたくさんありました。

県内の水道の水源としての湧き水を紹介した今では手に入れることのできない官公庁
発行の冊子や「名水百選」「平成の名水百選」をはじめ、県外の湧き水関連本。
震災後スポットの当たった地域井戸の本。

湧き水と関連の深い、地質や生物、水質、環境を考える専門書など

会員同士もなかなかお互いの書棚をのぞくチャンスはないので、興味津々な様子で
楽しめました。

始まる前までは、お客さんよりスタッフの方が多いのでは???
と少々心配もありましたが、結果的にはたくさんの方が訪れてくださり、

おかげさまで当日予定をしていた配布分100部は、終了時刻の午後4時にはなくなりました。

最後はみなさん、お茶を飲みながらのご歓談。

歴史、文化、環境、沖縄等、様々なキーワードが『湧き水』というテーマで一同に集められ
参加者の皆さんも様々な入り口から「湧き水」を見ることができ、コーヒーを片手に
楽しそうに語る姿を見て、「サイエンスカフェ」のようだと言っていらっしゃった方が
いました。
実際に私はそのような場所に行ったことがないので、どのようなものかはわかりませんが、
なんだか楽しそう!と知的好奇心がくすぐられます。
気取ることなく、気軽に楽しみながら、違う分野に関心のある方たちとの交流ができる場
というのはありそうで身近にはなかなかないのかもしれませんが、また、このような機会
を作って楽しい時間をすごしてみたいなと思いました。
足を運んでくださいました皆様、本当にありがとうございました。
そして、スタッフの皆様お疲れ様でした。
浦添市湧き水MAP2012(改訂版)が完成しました。

今も水の湧いている26箇所の湧き水とかつての湧き水として今も地域の方々が大事にしている拝所としての湧き水15箇所が記されています。
ポケット版でとても使いやすく、写真も以前よりも多く使っています。
沢岻樋川のお水取り行事についても掲載しています。
無料で浦添市役所6階にあります「景観まちづくり室」のカウンターに置いてありますので、どうぞご利用下さい。

今も水の湧いている26箇所の湧き水とかつての湧き水として今も地域の方々が大事にしている拝所としての湧き水15箇所が記されています。
ポケット版でとても使いやすく、写真も以前よりも多く使っています。
沢岻樋川のお水取り行事についても掲載しています。
無料で浦添市役所6階にあります「景観まちづくり室」のカウンターに置いてありますので、どうぞご利用下さい。
昨日、今日と湧き水資料展の準備でてんてこまい。

資料の山をかき分け、事務局資料として「勉強会・講演会」の報告ファイルと
「イベント」の報告ファイルの2つが完成しました。

これから、あと1冊「依頼・共催」事業に関しての報告ファイルを作る予定です。
あ~今日、眠れるかなぁ・・・。
でも、あと2日!
がんばります。
湧き水巡り班も今日は集まって準備をしているとの報告がありました。
歴史・文化班からも「活動の様子をブログにアップしましたよ~」
となみまるさんから連絡がありました。
どうぞ、こちらものぞいてみてくださいね。
↓
http://nami5963.exblog.jp/17741517/
資料の山をかき分け、事務局資料として「勉強会・講演会」の報告ファイルと
「イベント」の報告ファイルの2つが完成しました。

これから、あと1冊「依頼・共催」事業に関しての報告ファイルを作る予定です。
あ~今日、眠れるかなぁ・・・。
でも、あと2日!
がんばります。
湧き水巡り班も今日は集まって準備をしているとの報告がありました。
歴史・文化班からも「活動の様子をブログにアップしましたよ~」
となみまるさんから連絡がありました。
どうぞ、こちらものぞいてみてくださいね。
↓
http://nami5963.exblog.jp/17741517/
【湧き水巡り班のごやさんから、活動の様子が報告されましたので、ご紹介します!】
昨日、マップ展に備え湧き水巡り班はメンバーの一人大村邸にお邪魔しました。
今回は県内の湧き水スポットを紹介しようとあれこれ打ちあわせをしました。

メンバーは我妻さん、大村さん、私(ごや)です。
伺ったのはちょうど夕飯時! なんと大村さんお夕飯を作って下さってて、ご馳走になりました!
ゴーヤーチャンプルーに、生姜入りのチムシンジとっても美味しかったです。
娘さんの手作りデザートもおいしくて。。

我妻さんのユンタクも絶好調(笑)

7時頃から集まり、気づいたら11時前になってました。
31日のマップ展に向けてがんばります。
【湧き水巡り班は、沖縄県内の主な湧き水スポットのご紹介をするための資料を作成中です。どうぞ!お楽しみに!!(事務局 ぐし)】
昨日、マップ展に備え湧き水巡り班はメンバーの一人大村邸にお邪魔しました。
今回は県内の湧き水スポットを紹介しようとあれこれ打ちあわせをしました。

メンバーは我妻さん、大村さん、私(ごや)です。
伺ったのはちょうど夕飯時! なんと大村さんお夕飯を作って下さってて、ご馳走になりました!
ゴーヤーチャンプルーに、生姜入りのチムシンジとっても美味しかったです。
娘さんの手作りデザートもおいしくて。。

我妻さんのユンタクも絶好調(笑)

7時頃から集まり、気づいたら11時前になってました。
31日のマップ展に向けてがんばります。
【湧き水巡り班は、沖縄県内の主な湧き水スポットのご紹介をするための資料を作成中です。どうぞ!お楽しみに!!(事務局 ぐし)】
湧き水資料展まで一週間を切りました。

事務局ではパネル作りが佳境に入っています。
事務局長が作成しているのが、今回の目玉、『沢岻樋川の若水汲み行事』
パネル。
去年の12月25日に浦添市の沢岻樋川で行われたお水取り行事の
の際にカメラマンの二ノ宮信夫さんに撮影して頂いた写真をパネルに
仕立てています。

なになに・・・猫の手も借りたいって???
事務局には2匹の猫がおり、ひとりは事務局長のひざの上、ひとりは
遊びたい盛りで、お邪魔虫的に甘えてきます。。。
それも楽しみのひとつ。。。
これから、代表は活動記録のパネルを作るために資料の海に飛び込みます!

まだ未完成ですが、活動記録、湧き水のしくみ、浦添の湧き水マップ拡大版
など、当日会場の壁面に展示予定です。
どうぞ、3月31日(土)午後1時~4時 浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンターへ
足をお運び下さいね。
入場無料です。(改訂版の「浦添市の湧き水マップ」無料配布もあります!)

事務局ではパネル作りが佳境に入っています。
事務局長が作成しているのが、今回の目玉、『沢岻樋川の若水汲み行事』
パネル。
去年の12月25日に浦添市の沢岻樋川で行われたお水取り行事の
の際にカメラマンの二ノ宮信夫さんに撮影して頂いた写真をパネルに
仕立てています。

なになに・・・猫の手も借りたいって???
事務局には2匹の猫がおり、ひとりは事務局長のひざの上、ひとりは
遊びたい盛りで、お邪魔虫的に甘えてきます。。。
それも楽しみのひとつ。。。
これから、代表は活動記録のパネルを作るために資料の海に飛び込みます!

まだ未完成ですが、活動記録、湧き水のしくみ、浦添の湧き水マップ拡大版
など、当日会場の壁面に展示予定です。
どうぞ、3月31日(土)午後1時~4時 浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンターへ
足をお運び下さいね。
入場無料です。(改訂版の「浦添市の湧き水マップ」無料配布もあります!)
3月31日の『湧き水資料展』では、今月完成予定の
「浦添市の湧き水MAP 改訂版」の無料配布と湧き水
fun倶楽部会員による資料を持ち寄り、湧き水に関する
情報提供を行います。
①湧き水fun倶楽部事務局
(平成23年度の活動記録、寄贈本の展示、湧き水map作り資料)
②歴史・文化部門
(湧き水にまつわる歴史や文化の資料)
③環境部門
(湧き水をとりまく自然環境の資料)
④湧き水めぐり部門
(県内の湧き水めぐりスポットのご紹介)
その他にもそれぞれの会員が、個人的に集めた資料や
テーマを設定しての資料展示なども準備を進めています。
そのひとつが「震災と湧き水」
きっかけは新聞に掲載された一枚。

以前、ラジオで湧き水に関する取材をした際に
何度も聞いたこの言葉。
「水汲みは、子どもと女性の仕事で、毎日、
飲み水や生活用水を汲むために本当に大変な
思いをした」
という話です。
遠い過去の思い出話として聞いていた話が
震災などのライフラインが途絶えると、現代の
私たちもこのような「水汲み」を日課とした
生活をしなければいけないということが、歯を
くいしばって両手に水をもつ男の子の表情から
ひしひしと伝わります。
水は生きるためにはなくてはならないもの。
もし、震災等で水道の水が使えなくなったら
あなたはどうしますか?
東日本大震災から1年がたった今月、私たちは、
資料を展示することにより、来場者の皆様と一緒に、
「水」の大切さについてあらためて考えてみる
機会を持ちたいと思っています。
震災後、地域の地下水についての関心も高まって
いるようです。
売れている本の一冊にこんな本があります。

飲み水には使えないにせよ、トイレの水やちょっと
した洗い物ができる水は、震災時、とても貴重だった
といいます。
自分たちが住んでいる地域の水脈や地層などに
関心を寄せ、かつて水道がしかれていなかった
時代のように、地域の水源(ミニダム)の確保、
水質検査、水質保全のための活動は、これから
ますます重要になってくると思います。
そして、これも胸をしめつけられる思いがした
新聞記事。

かつて、水道がなかった時代は、自分たちが
お世話になる湧き水を「命の源」と大事にし、
子どもが産まれるとそこから「産水」を汲み
沐浴をさせ健康を願い、この世を去る時は、
その人の産水を汲んだ湧き水から汲んだ水を
ひと口飲ませ(またはその水で身体を浄め)
命の初めと終わりに必ずその水を用いたと
いいます。それは人々の願いと感謝のこも
った大切な儀式だったようです。
新聞記事で取材されている方は、避難先から、
時々自分の家にもどり、放射能汚染の心配が
あるにもかかわらず、今まで毎日お世話になっ
ていた「湧き水」を汲んで、愛飲していたそう
です。
そして、亡くなる当日も、その水を切望し、
自らペットボトルにこの水を汲み、そのまま
その場所で亡くなってしまったそうです。
私はその方の気持ちが、少しだけわかるような
気がします。
彼女にとってこの水は「故郷」であり、「祖先」
であり、なにより「自分自身」であり、この
水なしでは、生きていけないということを
実感としてもっていらっしゃったのではないで
しょうか。
「水」は『宝』であり、『命』そのもの。
そんなことを改めて教えてくれたいような
気がします。
震災から一年。
犠牲になった多くの方のご冥福と、今なお
震災で辛い思いをされているすべての皆様が
一日でも早く元気になられることを心から
お祈りしています。
湧き水資料展では、少しばかり、このような
資料も展示する予定です。
どうぞ、足をお運び下さい。
「浦添市の湧き水MAP 改訂版」の無料配布と湧き水
fun倶楽部会員による資料を持ち寄り、湧き水に関する
情報提供を行います。
①湧き水fun倶楽部事務局
(平成23年度の活動記録、寄贈本の展示、湧き水map作り資料)
②歴史・文化部門
(湧き水にまつわる歴史や文化の資料)
③環境部門
(湧き水をとりまく自然環境の資料)
④湧き水めぐり部門
(県内の湧き水めぐりスポットのご紹介)
その他にもそれぞれの会員が、個人的に集めた資料や
テーマを設定しての資料展示なども準備を進めています。
そのひとつが「震災と湧き水」
きっかけは新聞に掲載された一枚。

以前、ラジオで湧き水に関する取材をした際に
何度も聞いたこの言葉。
「水汲みは、子どもと女性の仕事で、毎日、
飲み水や生活用水を汲むために本当に大変な
思いをした」
という話です。
遠い過去の思い出話として聞いていた話が
震災などのライフラインが途絶えると、現代の
私たちもこのような「水汲み」を日課とした
生活をしなければいけないということが、歯を
くいしばって両手に水をもつ男の子の表情から
ひしひしと伝わります。
水は生きるためにはなくてはならないもの。
もし、震災等で水道の水が使えなくなったら
あなたはどうしますか?
東日本大震災から1年がたった今月、私たちは、
資料を展示することにより、来場者の皆様と一緒に、
「水」の大切さについてあらためて考えてみる
機会を持ちたいと思っています。
震災後、地域の地下水についての関心も高まって
いるようです。
売れている本の一冊にこんな本があります。

飲み水には使えないにせよ、トイレの水やちょっと
した洗い物ができる水は、震災時、とても貴重だった
といいます。
自分たちが住んでいる地域の水脈や地層などに
関心を寄せ、かつて水道がしかれていなかった
時代のように、地域の水源(ミニダム)の確保、
水質検査、水質保全のための活動は、これから
ますます重要になってくると思います。
そして、これも胸をしめつけられる思いがした
新聞記事。

かつて、水道がなかった時代は、自分たちが
お世話になる湧き水を「命の源」と大事にし、
子どもが産まれるとそこから「産水」を汲み
沐浴をさせ健康を願い、この世を去る時は、
その人の産水を汲んだ湧き水から汲んだ水を
ひと口飲ませ(またはその水で身体を浄め)
命の初めと終わりに必ずその水を用いたと
いいます。それは人々の願いと感謝のこも
った大切な儀式だったようです。
新聞記事で取材されている方は、避難先から、
時々自分の家にもどり、放射能汚染の心配が
あるにもかかわらず、今まで毎日お世話になっ
ていた「湧き水」を汲んで、愛飲していたそう
です。
そして、亡くなる当日も、その水を切望し、
自らペットボトルにこの水を汲み、そのまま
その場所で亡くなってしまったそうです。
私はその方の気持ちが、少しだけわかるような
気がします。
彼女にとってこの水は「故郷」であり、「祖先」
であり、なにより「自分自身」であり、この
水なしでは、生きていけないということを
実感としてもっていらっしゃったのではないで
しょうか。
「水」は『宝』であり、『命』そのもの。
そんなことを改めて教えてくれたいような
気がします。
震災から一年。
犠牲になった多くの方のご冥福と、今なお
震災で辛い思いをされているすべての皆様が
一日でも早く元気になられることを心から
お祈りしています。
湧き水資料展では、少しばかり、このような
資料も展示する予定です。
どうぞ、足をお運び下さい。
いよいよ今月、「浦添市湧き水MAP」改訂版が発行されます。
去年の3月に発行した3000部がほぼ無くなっている状態なので
今年も浦添市の助成金で2000部の増刷をいたします。

さらに2つほど湧き水を加えるために場所の確認をしたり、
写真の入れ替えのための撮影に行ったりの作業が続いています。
2月の定例会では、湧き水マップ改訂に関する話合いと同時に
湧き水MAP配布の際の資料展についての話合いも行われました。

まずはお茶の準備から。
今回も沢岻樋川で水を汲んでから会場に向かいます。

今回は大国林道の水も準備。

先月は「水道水」と「沢岻樋川の水(硬水)」の飲み比べを
しましたが、今回は「大国林道の水(軟水)」と「沢岻樋川の
水(硬水)」を試みることに。

ごやさんが3つの急須に「大国林道の水」「沢岻樋川の水」
「水道水」で同じお茶を入れてくれました。

話し合いを始める前に、湧き水ツアーのビデオを見ながら
お茶を飲みました。
みなさんの感想によると、やはりお茶は軟水のほうが
まろやかでおいしく感じたようです。
お茶、ご飯、植物系の出汁などは、軟水のほうがよく、
動物性の出汁などは、硬水の方が適しているというと
聞きますので、是非、今度はお料理でも試してみたいと
思います。
湧き水MAP配布の際には、会場で湧き水fun倶楽部会員が日頃
収集している湧き水の資料を展示して、来場者に見て頂こう
ということで話合いを勧めました。
湧き水資料展では、マップ作りの資料の他に、県内の湧き水
に関する資料、湧き水と歴史、文化、環境、震災と湧き水、
龍年にちなんだ湧き水、湧き水めぐりの資料、ビデオの上映etc・・・
の展示を予定しています。
日時は3月31日(土)午後1時~4時。
場所は浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンター。
入場は無料です。
どうぞお越し下さい。
去年の3月に発行した3000部がほぼ無くなっている状態なので
今年も浦添市の助成金で2000部の増刷をいたします。

さらに2つほど湧き水を加えるために場所の確認をしたり、
写真の入れ替えのための撮影に行ったりの作業が続いています。
2月の定例会では、湧き水マップ改訂に関する話合いと同時に
湧き水MAP配布の際の資料展についての話合いも行われました。

まずはお茶の準備から。
今回も沢岻樋川で水を汲んでから会場に向かいます。

今回は大国林道の水も準備。

先月は「水道水」と「沢岻樋川の水(硬水)」の飲み比べを
しましたが、今回は「大国林道の水(軟水)」と「沢岻樋川の
水(硬水)」を試みることに。

ごやさんが3つの急須に「大国林道の水」「沢岻樋川の水」
「水道水」で同じお茶を入れてくれました。

話し合いを始める前に、湧き水ツアーのビデオを見ながら
お茶を飲みました。
みなさんの感想によると、やはりお茶は軟水のほうが
まろやかでおいしく感じたようです。
お茶、ご飯、植物系の出汁などは、軟水のほうがよく、
動物性の出汁などは、硬水の方が適しているというと
聞きますので、是非、今度はお料理でも試してみたいと
思います。
湧き水MAP配布の際には、会場で湧き水fun倶楽部会員が日頃
収集している湧き水の資料を展示して、来場者に見て頂こう
ということで話合いを勧めました。
湧き水資料展では、マップ作りの資料の他に、県内の湧き水
に関する資料、湧き水と歴史、文化、環境、震災と湧き水、
龍年にちなんだ湧き水、湧き水めぐりの資料、ビデオの上映etc・・・
の展示を予定しています。
日時は3月31日(土)午後1時~4時。
場所は浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンター。
入場は無料です。
どうぞお越し下さい。
浦添市の環境を考えるためのシンポジウムが開かれます。
基調講演、パネルディスカッションが予定され、パネリストとして
「湧き水fun倶楽部」の代表が活動報告と意見交換を行います。
ご関心のある方は、是非、お越し下さい。
タイトル:浦添市環境シンポジウム~未来へつなぐ
「てだこの都市(まち・浦添」の環境を考える~」
日時:平成24年2月19日(日)午後2時~4時
(開場1時30分)
場所:浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンター
入場無料 申し込み不要
内容 基調講演
協働による環境保全~リュウキュウアユ復元事業を例に~
講師 諸喜田 茂充 (琉球大学名誉教授)
パネルディスカッション:環境をよくするために私たちにできること
~大切にしたいもの・改めたいもの~
詳しいことはこちら↓をご覧下さい。
http://www.city.urasoe.lg.jp/article.php/s20120131141002170
基調講演、パネルディスカッションが予定され、パネリストとして
「湧き水fun倶楽部」の代表が活動報告と意見交換を行います。
ご関心のある方は、是非、お越し下さい。
タイトル:浦添市環境シンポジウム~未来へつなぐ
「てだこの都市(まち・浦添」の環境を考える~」
日時:平成24年2月19日(日)午後2時~4時
(開場1時30分)
場所:浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンター
入場無料 申し込み不要
内容 基調講演
協働による環境保全~リュウキュウアユ復元事業を例に~
講師 諸喜田 茂充 (琉球大学名誉教授)
パネルディスカッション:環境をよくするために私たちにできること
~大切にしたいもの・改めたいもの~
詳しいことはこちら↓をご覧下さい。
http://www.city.urasoe.lg.jp/article.php/s20120131141002170
湧き水fun倶楽部では、活動しているスタッフ自身が
勉強することを目的に昨年の1月~12月の一年間、
湧き水に関する講演会やイベントなどをしてきました。
今年からは、湧き水マップや冊子の作成などを行う
ための定例会を中心に今まで通り、月に一回の集まり
をすることになりました。
1月28日の定例会は、体調を悪くした方も何人か
おられ、少ない人数でしたが、新年最初の集まり
とのこともあり、沢岻樋川の水で点てたお茶を飲みながら
昨年の報告と、今年の計画について話し合いました。

みなさん、いろんなものを持ち寄ってのちょっとした
新年会気分。

沢岻樋川で汲んできたお水と水道の水の両方で点てた
お茶の飲み比べもしてみました。

お菓子は今回お休みの渡辺さんからの差し入れの大東ようかん。
ようかんのまわりのお砂糖がしゃりしゃりしていてとても美味。
懐紙は『大吉』とかかれたもので、お正月にふさわしいもの。
皆さん、湧き水のほうがお茶の味がまろやかに感じる
という感想が聞かれました。

今回の話し合いでは、3月いっぱいに浦添の湧き水マップの
改訂版を出すこと。その内容についての話し合い。
3月にその改訂版を無料配布会を開き、会場で会員の皆さんの
もちよった湧き水の資料を展示して来場者に情報提供を兼ねた
「湧き水資料展」を開催すること。
4月にはその改訂版のマップを持って、浦添城趾周辺の
散策会を行うことなど。
が決まりました。
2月の定例会では、今後の予定についての
詳細と次年度(4月以降の)計画などについて話し合う
予定です。
次回は定例会の前に沢岻樋川の水(硬水)と大国林道の水(軟水)
での飲み比べと、以前の湧き水バスツアーのビデオの鑑賞も
予定しております。
勉強することを目的に昨年の1月~12月の一年間、
湧き水に関する講演会やイベントなどをしてきました。
今年からは、湧き水マップや冊子の作成などを行う
ための定例会を中心に今まで通り、月に一回の集まり
をすることになりました。
1月28日の定例会は、体調を悪くした方も何人か
おられ、少ない人数でしたが、新年最初の集まり
とのこともあり、沢岻樋川の水で点てたお茶を飲みながら
昨年の報告と、今年の計画について話し合いました。

みなさん、いろんなものを持ち寄ってのちょっとした
新年会気分。

沢岻樋川で汲んできたお水と水道の水の両方で点てた
お茶の飲み比べもしてみました。

お菓子は今回お休みの渡辺さんからの差し入れの大東ようかん。
ようかんのまわりのお砂糖がしゃりしゃりしていてとても美味。
懐紙は『大吉』とかかれたもので、お正月にふさわしいもの。
皆さん、湧き水のほうがお茶の味がまろやかに感じる
という感想が聞かれました。

今回の話し合いでは、3月いっぱいに浦添の湧き水マップの
改訂版を出すこと。その内容についての話し合い。
3月にその改訂版を無料配布会を開き、会場で会員の皆さんの
もちよった湧き水の資料を展示して来場者に情報提供を兼ねた
「湧き水資料展」を開催すること。
4月にはその改訂版のマップを持って、浦添城趾周辺の
散策会を行うことなど。
が決まりました。
2月の定例会では、今後の予定についての
詳細と次年度(4月以降の)計画などについて話し合う
予定です。
次回は定例会の前に沢岻樋川の水(硬水)と大国林道の水(軟水)
での飲み比べと、以前の湧き水バスツアーのビデオの鑑賞も
予定しております。
国頭村辺戸区の大川と浦添市の沢岻樋川で取水した水を
お正月行事の聖水として首里城に献上する伝統行事を再現
した美御水(ヌウビー)の奉納祭が12月25日に行われました。
(辺戸大川のお水取りは前回のブログをご覧下さい)
http://wakimizufun.ti-da.net/e3300479.html
2時からお水取りの儀式が行われるということでしたが、
今回は特別にカメラマンの二ノ宮信夫さんにご同行頂き
しっかりと記録写真を撮るために一時間ほど早く現場に
到着しました。

沢岻の高台にある沢岻樋川は、1000年以上も前から湧き続け
枯れたことがないと言われる名水。
国王の正月行事「お水撫で(ウビーナディー)」にも使われたという
由緒ある湧き水で、現在もこのように清らかな水が湧き続けています。

行事開始30分ほど前から、人が集まり始めました。
語やびら沖縄語(うちなぁーぐち)の会の玉城倭子さんが、
資料として集まったみなさんに配布してくれました。

小さくて見づらいのですが、内容は、
二水献じ
12月20日、時之大や屋子一人を遣わし、辺戸へゆかせ
辺戸の祝女に御崇をさせてから、時之大屋子が水を汲んで
帰る。
28日になると、当と勢頭の官は上奏して、その水を固く
封じて御照堂安置する。元旦に、吉方《俗に恵方とよぶ》の
水を汲んでくる。女官の内庫理阿武志良礼が、辺戸と吉方の
水とを王に献上する。
吉方の水とは・・・以下省略
(吉方の水については、去年のブログに記してありますので
ご参照下さい。→http://wakimizufun.ti-da.net/d2010-12.html )
この資料にある「吉方の水」のひとつが沢岻樋川。
そして、その吉方の水の中で、現在も唯一奉納できるのが
この沢岻樋川なのです。
この行事の内容については、去年、一昨年のブログを
ご参照下さい。
http://wakimizufun.ti-da.net/d2010-12.html (2010)
http://wakutagushi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/index.html (2009)

沢岻樋川を管理する玉城弘さんが、琉球王府の役人の衣装
に身を包み、登場しました。
早めに集まった湧き水fun倶楽部の皆さんと写真撮影。

見学に集まった皆さんにこの行事の説明をして下さり、

その後、私たちの活動まで紹介して下さいました。
感謝。感謝。です。

そうこうしているうちに、予定時刻の2時をまわり、
旗を携えた一行が姿を見せました。

カメラマンの二ノ宮さんは、沢岻樋川の囲いの石垣の上から
この行事の一部始終の様子を写真に収めました。






参加者の皆さんもそれぞれこの貴重な瞬間を写真に
納めています。

お水取りが無事終了し、代表の方から一言ご挨拶がありました。
「皆さんの健康や幸せも祈願致しましたので
どうぞご安心下さい」と。
2011年は大変な年でした。
新しく迎える年は、是非、いい年になることを
心から願いたいです。

この後、一行は首里城に向かい、先週、辺戸大川で汲んだ
お水と合わせて首里城に献上されました。
先ほど頂いた資料にも記されていたように、かつて伝統行事
が行われていた時には、「吉方の水」は、お正月の朝、つまり
元旦に若水として汲まれ、その新鮮で神聖なその水もとても
重要な役割を果たしていたということになります。

先週、辺戸大川のお水取りで、玉城弘さんにお会いした
時に、辺戸大川で汲んだお水と沢岻樋川の水を合わせて
今日の日のために御神酒を仕込むとおっしゃっていました。

行事が終わると、早速、その御神酒が振る舞われました。

アルコールのいい香りがプンと漂い、少し酸っぱい味のする
どぶろくのような飲み物でした。

最後まで残った湧き水fun倶楽部の皆さんとまたまた
写真撮影。
今年も本当に楽しい活動をありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。
お正月行事の聖水として首里城に献上する伝統行事を再現
した美御水(ヌウビー)の奉納祭が12月25日に行われました。
(辺戸大川のお水取りは前回のブログをご覧下さい)
http://wakimizufun.ti-da.net/e3300479.html
2時からお水取りの儀式が行われるということでしたが、
今回は特別にカメラマンの二ノ宮信夫さんにご同行頂き
しっかりと記録写真を撮るために一時間ほど早く現場に
到着しました。

沢岻の高台にある沢岻樋川は、1000年以上も前から湧き続け
枯れたことがないと言われる名水。
国王の正月行事「お水撫で(ウビーナディー)」にも使われたという
由緒ある湧き水で、現在もこのように清らかな水が湧き続けています。

行事開始30分ほど前から、人が集まり始めました。
語やびら沖縄語(うちなぁーぐち)の会の玉城倭子さんが、
資料として集まったみなさんに配布してくれました。

小さくて見づらいのですが、内容は、
二水献じ
12月20日、時之大や屋子一人を遣わし、辺戸へゆかせ
辺戸の祝女に御崇をさせてから、時之大屋子が水を汲んで
帰る。
28日になると、当と勢頭の官は上奏して、その水を固く
封じて御照堂安置する。元旦に、吉方《俗に恵方とよぶ》の
水を汲んでくる。女官の内庫理阿武志良礼が、辺戸と吉方の
水とを王に献上する。
吉方の水とは・・・以下省略
(吉方の水については、去年のブログに記してありますので
ご参照下さい。→http://wakimizufun.ti-da.net/d2010-12.html )
この資料にある「吉方の水」のひとつが沢岻樋川。
そして、その吉方の水の中で、現在も唯一奉納できるのが
この沢岻樋川なのです。
この行事の内容については、去年、一昨年のブログを
ご参照下さい。
http://wakimizufun.ti-da.net/d2010-12.html (2010)
http://wakutagushi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/index.html (2009)

沢岻樋川を管理する玉城弘さんが、琉球王府の役人の衣装
に身を包み、登場しました。
早めに集まった湧き水fun倶楽部の皆さんと写真撮影。

見学に集まった皆さんにこの行事の説明をして下さり、

その後、私たちの活動まで紹介して下さいました。
感謝。感謝。です。

そうこうしているうちに、予定時刻の2時をまわり、
旗を携えた一行が姿を見せました。

カメラマンの二ノ宮さんは、沢岻樋川の囲いの石垣の上から
この行事の一部始終の様子を写真に収めました。






参加者の皆さんもそれぞれこの貴重な瞬間を写真に
納めています。

お水取りが無事終了し、代表の方から一言ご挨拶がありました。
「皆さんの健康や幸せも祈願致しましたので
どうぞご安心下さい」と。
2011年は大変な年でした。
新しく迎える年は、是非、いい年になることを
心から願いたいです。

この後、一行は首里城に向かい、先週、辺戸大川で汲んだ
お水と合わせて首里城に献上されました。
先ほど頂いた資料にも記されていたように、かつて伝統行事
が行われていた時には、「吉方の水」は、お正月の朝、つまり
元旦に若水として汲まれ、その新鮮で神聖なその水もとても
重要な役割を果たしていたということになります。

先週、辺戸大川のお水取りで、玉城弘さんにお会いした
時に、辺戸大川で汲んだお水と沢岻樋川の水を合わせて
今日の日のために御神酒を仕込むとおっしゃっていました。

行事が終わると、早速、その御神酒が振る舞われました。

アルコールのいい香りがプンと漂い、少し酸っぱい味のする
どぶろくのような飲み物でした。

最後まで残った湧き水fun倶楽部の皆さんとまたまた
写真撮影。
今年も本当に楽しい活動をありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。
琉球王朝時代の儀式を再現するお水取りの行事が12月18日(日)
国頭村辺戸の大川(神名 アフリ川)で行われました。

辺戸大川は、集落の東側、安須森(あすむい)の麓にあります。
安須森は、アマミキヨによって作られた琉球最初のウタキであり、
その麓に湧く大川から汲まれた水は神聖な水として国王の年始儀式
「お水撫で」に献上されました。

この行事は「おもろさうし」や「琉球国由来記」にも記されており、
1999年に120年ぶりに復活し、今年で13年目を迎えます。

お水取りは1時半からということでしたが、1時に現地につくと、
すでに神アサギの前に人垣ができており、無事に行事が執り
行われるよう祈願が行われていました。

祈りを捧げる祝女たちの後ろに控えている役人たちも王朝時代の
衣装に身を包み厳かな雰囲気。
お水を入れる壺を持った人の姿も見られます。

祈願が終わると、いよいよ大川に向かいます。

広場を一周し、神アサギを後にします。

太鼓の音が周囲に響き渡ります。

大川は集落から80メートルほど山道を下った場所にあるため、
着物での移動はかなり大変だと思われますが、皆さん慣れた様子
で歩いていかれました。

見学者の皆さんも後をついて下ります。

自然の中でこのような厳かな儀式を見ているとタイムスリップ
したかのよう。

私は下から写真を撮るために先に降りて一行の到着を待ちました。
大きなクバの葉をもった先頭の方が到着。

水を汲む壺を持った方も無事到着。

祝女役の方々が大川を渡ります。

マスコミのカメラ以外は川を越えることが許されず、参加者は
対岸から儀式を見守ります。

人々の長寿と幸せを祈り水を汲みます。

大川の水を詰めた壺がしっかりと手渡されました。

大役を終えた一行が大川を後にします。

儀式が終わると、見学者の皆さんにも大川への立入が
許されます。

水を汲むための容器を持参した方も多かったようです。

私は10年前に一度、この行事を見学しましたが、
その時には、儀式の後にお水を汲む人がいたという
記憶がありません。
でも、この行事が復活して10年以上たった今、このように
たくさんの人たちが並んで水を汲む様子を見て私はうれしく
なりました。
命の源である水に関する歴史的な行事がたくさんの人の心に
しっかりと刻まれているのですね。

首里の古老の証言によると当時は12月20日に首里から
使わされた役人が辺戸に向かい、28日に首里へ届けられ
たようですが、8日間で往復したことを考えると全行程が
徒歩だったとは考えにくく、馬かやんばる船か・・・。
想像してみるととてもワクワクします。
(文 ぐしともこ 写真 わたなべたつや・ぐしともこ)
2011御水奉納祭~沢岻樋川編~へ続く。
国頭村辺戸の大川(神名 アフリ川)で行われました。

辺戸大川は、集落の東側、安須森(あすむい)の麓にあります。
安須森は、アマミキヨによって作られた琉球最初のウタキであり、
その麓に湧く大川から汲まれた水は神聖な水として国王の年始儀式
「お水撫で」に献上されました。

この行事は「おもろさうし」や「琉球国由来記」にも記されており、
1999年に120年ぶりに復活し、今年で13年目を迎えます。

お水取りは1時半からということでしたが、1時に現地につくと、
すでに神アサギの前に人垣ができており、無事に行事が執り
行われるよう祈願が行われていました。

祈りを捧げる祝女たちの後ろに控えている役人たちも王朝時代の
衣装に身を包み厳かな雰囲気。
お水を入れる壺を持った人の姿も見られます。

祈願が終わると、いよいよ大川に向かいます。

広場を一周し、神アサギを後にします。

太鼓の音が周囲に響き渡ります。

大川は集落から80メートルほど山道を下った場所にあるため、
着物での移動はかなり大変だと思われますが、皆さん慣れた様子
で歩いていかれました。

見学者の皆さんも後をついて下ります。

自然の中でこのような厳かな儀式を見ているとタイムスリップ
したかのよう。

私は下から写真を撮るために先に降りて一行の到着を待ちました。
大きなクバの葉をもった先頭の方が到着。

水を汲む壺を持った方も無事到着。

祝女役の方々が大川を渡ります。

マスコミのカメラ以外は川を越えることが許されず、参加者は
対岸から儀式を見守ります。

人々の長寿と幸せを祈り水を汲みます。

大川の水を詰めた壺がしっかりと手渡されました。

大役を終えた一行が大川を後にします。

儀式が終わると、見学者の皆さんにも大川への立入が
許されます。

水を汲むための容器を持参した方も多かったようです。

私は10年前に一度、この行事を見学しましたが、
その時には、儀式の後にお水を汲む人がいたという
記憶がありません。
でも、この行事が復活して10年以上たった今、このように
たくさんの人たちが並んで水を汲む様子を見て私はうれしく
なりました。
命の源である水に関する歴史的な行事がたくさんの人の心に
しっかりと刻まれているのですね。

首里の古老の証言によると当時は12月20日に首里から
使わされた役人が辺戸に向かい、28日に首里へ届けられ
たようですが、8日間で往復したことを考えると全行程が
徒歩だったとは考えにくく、馬かやんばる船か・・・。
想像してみるととてもワクワクします。
(文 ぐしともこ 写真 わたなべたつや・ぐしともこ)
2011御水奉納祭~沢岻樋川編~へ続く。
首里王府のお水取り行事~御水奉納祭が、
12月18日(日)午後1時30分より
国頭村辺戸にある「辺戸大川」で
行われます。
他の方のブログですが、写真がとても
きれいなので、リンクさせていただきます。
(このような厳かな儀式で毎年再現されています)
↓
http://ryuqspecial.ti-da.net/e1917013.html
http://ryuqspecial.ti-da.net/e1917174.html
そして、翌週の12月25日(日)午後2時より
浦添市沢岻の「沢岻樋川」でお水取りが行われます。

(2009.12)
記事はこちらをご覧下さい
http://wakimizufun.ti-da.net/d2010-12.html (2010)
http://wakutagushi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/index.html (2009)
どちらも自由に見学ができます。
沖縄の歴史、文化、そして何よりも神聖な湧き水が
今もこのように大事にされていることを誇りに感じます。
12月18日(日)午後1時30分より
国頭村辺戸にある「辺戸大川」で
行われます。
他の方のブログですが、写真がとても
きれいなので、リンクさせていただきます。
(このような厳かな儀式で毎年再現されています)
↓
http://ryuqspecial.ti-da.net/e1917013.html
http://ryuqspecial.ti-da.net/e1917174.html
そして、翌週の12月25日(日)午後2時より
浦添市沢岻の「沢岻樋川」でお水取りが行われます。

(2009.12)
記事はこちらをご覧下さい
http://wakimizufun.ti-da.net/d2010-12.html (2010)
http://wakutagushi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/index.html (2009)
どちらも自由に見学ができます。
沖縄の歴史、文化、そして何よりも神聖な湧き水が
今もこのように大事にされていることを誇りに感じます。
11月26日(土)の勉強会は、浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンター
にて行われました。
講師は(財)沖縄県環境科学センター 評議員の金城義信氏です。

金城氏は、1960年に米軍水道局水質試験所でお仕事を始めて以来
現在までのおよそ50年間にわたり水道関係業務に従事していらっしゃる
スペシャリストです。
琉球水道公社、沖縄県企業局と沖縄の水道業務時代のご経験から
沖縄の地理的、地質的、歴史的要素を含めて水道の歴史をわかりやすく
お話し下さりました。
沖縄の水道のはじまりは明治16年頃。
那覇の落平樋川(ウティンダヒージャー)の水を土管で給水しました。
たまたま、私が2ヶ月ほど前に現在の落平樋川の写真があります。




現在は住宅公社の建物の中央部に拝所として残されていますが、
わずかにしみ出す水が流れ落ちる樋があり、今も多くの人がこの湧き水を
大事にしているのがわかります。
落平は、水量の豊富な湧き水が崖の上から流れ落ち、その水を
伝馬船に乗せて水を売る光景が見られたという話も聞いたことが
あります。その水を引いたのが沖縄の水道の始まりなのですね。
その後、自然の水を「ろ過」「消毒」し、「管路による圧力給水」で
水を送り出す「近代水道」が沖縄で始まったのは1933年(昭和8年)。
日本では明治20年に横浜が始まりで、沖縄では那覇。
いずれも共通するのは港町であること。
港から入る伝染病予防対策として衛生的な水が必要だったというのが
その理由だそうです。
那覇に戦前から水道が敷かれていたというのは本当に驚きでした。
当時の水源は宜野湾市大山の湧水群(青小堀・オオグムヤー)。
人口6万人、一人一日平均56リットルの水が給水できたそうです。
しかし残念ながら、那覇の近代水道は1944年10月10日の大空襲で
水道施設が破壊され7年間、水道空白時代が続きますが、その後
昭和63年まで使われたそうです。
(私は小学校の社会見学で訪れた「泊浄水場」がこの施設であった
ことをあらためて知りました。那覇で生まれ育った私はこの水に
大変お世話になったことになります。合掌。感謝。)
那覇市以外の市町村も、戦後、近代水道が次々に敷設されました。
ちなみに浦添市に近代水道が敷かれたのは昭和37年で県内では
は10番目なのだそうです。
しかし、戦後、人口増加やひとりあたりの水の使用量が増え
沖縄県内は慢性的な水不足が深刻な問題となりました。
私も小さい頃から「渇水対策」とか、「隔日給水」とか
難しい言葉を自然に覚え、学校でも節水について細かな指導
があったことをよ~く覚えています。中学生の頃に沖縄で
行われた「人工降雨」についてもとても興味を持ち、
「飛行機に乗って水をまいて雨を降らせる」というしくみが
大変不思議で、つぎつぎ想像を膨らませ、不謹慎にもワクワク
したことを思い出しました。
県民の命を預かる重大な仕事として当時、飛行機に搭乗された
おひとりが金城氏だったことを知り、とても頭が下がる思いがしました。
(詳細は企業局のHPよりご覧下さい。
↓
http://www.eb.pref.okinawa.jp/siryokan/ayumi/kyusui_seigen/index.html)
様々な技術の進歩で、現在、沖縄本島内の慢性的な水不足はかなり
解消されいます。
現在、那覇市を含む市町村がお世話になっているのが
北谷浄水場。

「ろ過設備」に加え、「生物処理」「オゾン・活性炭処理」「ペレット処理」
(沖縄中南部の硬度の高い水を軟水化するための処理)、「海水淡水化施設」と
安全で美味しい水を確実に送り出すための大規模な施設にこれまた驚きです。
日頃、私たちがお世話になっている水道の水がこれだけのテクノロジーの成果
だとは。。。
ただ、沖縄は離島を中心に今だ水不足や断水に頭を悩ませている地域も多くあるのが
現状で、このように技術が進歩したとはいえ、多額な設備投資が必要な処理施設や
海底送水などを負担する方法でしか、安全でおいしい水を充分に得ることができない
という現実はとても重いものだと感じました。
以前、断水が深刻な時期に座間味島に取材に行ったことがありますが、島民が水に
困っている時期に、ダイビングを目的に観光に訪れる人たちがダイビングの機材に
ついた潮水を抜くための水がなく、今は飲み水に使用していない湧き水を利用して
いたことを思い出しました。地元の方達は「ダイビングは、水を多く使うからね~」
とおっしゃっていましたが、観光に訪れる人が多くいることはいいことだけれど、
このような問題があることについて複雑な思いがしたことを改めて思い出します。

降水量は全国平均より多い沖縄ですが、季節変動が大きく、人口密度が高いので
一人当たりの換算では全国平均の半分しかない上に、高い山がなく川が短いこと
もあり、地下水にたよる現状も多くみられます。
実際に、豊富な水源を持つ湧き水は、沖縄県民の水の源として今も活躍しています。

北部で代表的なのは本部町の「並里湧水」や名護市の「スンジャガー」

南部では、なんといっても八重瀬町の「ギーザガー」

この湧水には日本最大の「テナガエビ」が住んでいるそうです。
そして、宮古島においては、雨水の40%が地下水になるそうです。

水量や水質はどうしても地形や地質の影響を受けざるをえないのですが、
山や川が少なく土地が狭い沖縄では、地下水は重要な資源であることを
今まで以上にに認識しなければいけないと感じました。
東日本大震災は、日本中が電力の問題と向き合う大きな契機となりました。
同じライフラインである「水」に対しても、同じくらい真剣に考えなければ
と思いました。
今回の金城氏のお話を聴いて一番感じたのは、水道の水はタダ当然くらいに考え、
ミネラルウォーターを購入する生活を送っている自分の生活を当たり前だと思って
はいけないということでした。
安心して飲め、衛生的な水道の水はたくさんの人や技術に支えられていること、
でもその水自体もとても貴重な資源であること、大きな災害時には、今の生活
の状態での使用ができなくなってしまえば、たちまち生活自体が混乱すること
それを忘れずに、日頃からできるだけ水を大切にするように心がけ、まさしく
「有難い水」として接することを真剣に考えたいと思いました。
身近な湧き水(地下水)を見直し、水質をこれ以上悪化させないよう、水量を
これ以上減らさないように、地域それぞれが湧き水を知り、守っていくこと
もとても重要なことだと思います。

身近な水質を調査するための簡単な調査方法を、沖縄県環境科学センター
の桂 浩史さんが教えて下さいました。

桂さんは「沖縄の湧水を調べてみよう」という資料も提供して下さり
水質を調べるための「パックテスト」について説明してくれました。

このような小さなスポイトのようなプラスチックの容器に水を吸い込む
と、2,3分で色が変わり、その水の汚れがわかるのだそうです。

参加者の皆さんもそれぞれ手にとって体験し、その後は皆さんそれぞれ
交流会のような自由な形で意見交換会となりました。

水の専門家の皆さんも何人か訪れて下さり、参加者は「水談義」を
まさに「水」を得た魚のごとく生き生きと語り、交流を深められた
ことをとても嬉しく思いました。

最後は講師をつとめて下さった金城氏にお礼の品をお渡しして記念撮影。

金城氏は今年素敵なエッセイ集を出版され、私も拝見させて頂きました。
その中で金城氏がとても大切にしている中国の言葉を最後にご紹介させて
いただきたいと思います。
「飲水思源」
水を飲むときは、井戸を掘った人の苦労に思いをいたし感謝の気持ちを忘れるな
金城氏の偉業に感謝をし、これからも水を大切にする心を忘れずに
活動を続けていきたいと思います。
金城さん、すばらしいお話しを本当にありがとうございました。
にて行われました。
講師は(財)沖縄県環境科学センター 評議員の金城義信氏です。

金城氏は、1960年に米軍水道局水質試験所でお仕事を始めて以来
現在までのおよそ50年間にわたり水道関係業務に従事していらっしゃる
スペシャリストです。
琉球水道公社、沖縄県企業局と沖縄の水道業務時代のご経験から
沖縄の地理的、地質的、歴史的要素を含めて水道の歴史をわかりやすく
お話し下さりました。
沖縄の水道のはじまりは明治16年頃。
那覇の落平樋川(ウティンダヒージャー)の水を土管で給水しました。
たまたま、私が2ヶ月ほど前に現在の落平樋川の写真があります。




現在は住宅公社の建物の中央部に拝所として残されていますが、
わずかにしみ出す水が流れ落ちる樋があり、今も多くの人がこの湧き水を
大事にしているのがわかります。
落平は、水量の豊富な湧き水が崖の上から流れ落ち、その水を
伝馬船に乗せて水を売る光景が見られたという話も聞いたことが
あります。その水を引いたのが沖縄の水道の始まりなのですね。
その後、自然の水を「ろ過」「消毒」し、「管路による圧力給水」で
水を送り出す「近代水道」が沖縄で始まったのは1933年(昭和8年)。
日本では明治20年に横浜が始まりで、沖縄では那覇。
いずれも共通するのは港町であること。
港から入る伝染病予防対策として衛生的な水が必要だったというのが
その理由だそうです。
那覇に戦前から水道が敷かれていたというのは本当に驚きでした。
当時の水源は宜野湾市大山の湧水群(青小堀・オオグムヤー)。
人口6万人、一人一日平均56リットルの水が給水できたそうです。
しかし残念ながら、那覇の近代水道は1944年10月10日の大空襲で
水道施設が破壊され7年間、水道空白時代が続きますが、その後
昭和63年まで使われたそうです。
(私は小学校の社会見学で訪れた「泊浄水場」がこの施設であった
ことをあらためて知りました。那覇で生まれ育った私はこの水に
大変お世話になったことになります。合掌。感謝。)
那覇市以外の市町村も、戦後、近代水道が次々に敷設されました。
ちなみに浦添市に近代水道が敷かれたのは昭和37年で県内では
は10番目なのだそうです。
しかし、戦後、人口増加やひとりあたりの水の使用量が増え
沖縄県内は慢性的な水不足が深刻な問題となりました。
私も小さい頃から「渇水対策」とか、「隔日給水」とか
難しい言葉を自然に覚え、学校でも節水について細かな指導
があったことをよ~く覚えています。中学生の頃に沖縄で
行われた「人工降雨」についてもとても興味を持ち、
「飛行機に乗って水をまいて雨を降らせる」というしくみが
大変不思議で、つぎつぎ想像を膨らませ、不謹慎にもワクワク
したことを思い出しました。
県民の命を預かる重大な仕事として当時、飛行機に搭乗された
おひとりが金城氏だったことを知り、とても頭が下がる思いがしました。
(詳細は企業局のHPよりご覧下さい。
↓
http://www.eb.pref.okinawa.jp/siryokan/ayumi/kyusui_seigen/index.html)
様々な技術の進歩で、現在、沖縄本島内の慢性的な水不足はかなり
解消されいます。
現在、那覇市を含む市町村がお世話になっているのが
北谷浄水場。

「ろ過設備」に加え、「生物処理」「オゾン・活性炭処理」「ペレット処理」
(沖縄中南部の硬度の高い水を軟水化するための処理)、「海水淡水化施設」と
安全で美味しい水を確実に送り出すための大規模な施設にこれまた驚きです。
日頃、私たちがお世話になっている水道の水がこれだけのテクノロジーの成果
だとは。。。
ただ、沖縄は離島を中心に今だ水不足や断水に頭を悩ませている地域も多くあるのが
現状で、このように技術が進歩したとはいえ、多額な設備投資が必要な処理施設や
海底送水などを負担する方法でしか、安全でおいしい水を充分に得ることができない
という現実はとても重いものだと感じました。
以前、断水が深刻な時期に座間味島に取材に行ったことがありますが、島民が水に
困っている時期に、ダイビングを目的に観光に訪れる人たちがダイビングの機材に
ついた潮水を抜くための水がなく、今は飲み水に使用していない湧き水を利用して
いたことを思い出しました。地元の方達は「ダイビングは、水を多く使うからね~」
とおっしゃっていましたが、観光に訪れる人が多くいることはいいことだけれど、
このような問題があることについて複雑な思いがしたことを改めて思い出します。

降水量は全国平均より多い沖縄ですが、季節変動が大きく、人口密度が高いので
一人当たりの換算では全国平均の半分しかない上に、高い山がなく川が短いこと
もあり、地下水にたよる現状も多くみられます。
実際に、豊富な水源を持つ湧き水は、沖縄県民の水の源として今も活躍しています。

北部で代表的なのは本部町の「並里湧水」や名護市の「スンジャガー」

南部では、なんといっても八重瀬町の「ギーザガー」

この湧水には日本最大の「テナガエビ」が住んでいるそうです。
そして、宮古島においては、雨水の40%が地下水になるそうです。

水量や水質はどうしても地形や地質の影響を受けざるをえないのですが、
山や川が少なく土地が狭い沖縄では、地下水は重要な資源であることを
今まで以上にに認識しなければいけないと感じました。
東日本大震災は、日本中が電力の問題と向き合う大きな契機となりました。
同じライフラインである「水」に対しても、同じくらい真剣に考えなければ
と思いました。
今回の金城氏のお話を聴いて一番感じたのは、水道の水はタダ当然くらいに考え、
ミネラルウォーターを購入する生活を送っている自分の生活を当たり前だと思って
はいけないということでした。
安心して飲め、衛生的な水道の水はたくさんの人や技術に支えられていること、
でもその水自体もとても貴重な資源であること、大きな災害時には、今の生活
の状態での使用ができなくなってしまえば、たちまち生活自体が混乱すること
それを忘れずに、日頃からできるだけ水を大切にするように心がけ、まさしく
「有難い水」として接することを真剣に考えたいと思いました。
身近な湧き水(地下水)を見直し、水質をこれ以上悪化させないよう、水量を
これ以上減らさないように、地域それぞれが湧き水を知り、守っていくこと
もとても重要なことだと思います。

身近な水質を調査するための簡単な調査方法を、沖縄県環境科学センター
の桂 浩史さんが教えて下さいました。

桂さんは「沖縄の湧水を調べてみよう」という資料も提供して下さり
水質を調べるための「パックテスト」について説明してくれました。

このような小さなスポイトのようなプラスチックの容器に水を吸い込む
と、2,3分で色が変わり、その水の汚れがわかるのだそうです。

参加者の皆さんもそれぞれ手にとって体験し、その後は皆さんそれぞれ
交流会のような自由な形で意見交換会となりました。

水の専門家の皆さんも何人か訪れて下さり、参加者は「水談義」を
まさに「水」を得た魚のごとく生き生きと語り、交流を深められた
ことをとても嬉しく思いました。

最後は講師をつとめて下さった金城氏にお礼の品をお渡しして記念撮影。

金城氏は今年素敵なエッセイ集を出版され、私も拝見させて頂きました。
その中で金城氏がとても大切にしている中国の言葉を最後にご紹介させて
いただきたいと思います。
「飲水思源」
水を飲むときは、井戸を掘った人の苦労に思いをいたし感謝の気持ちを忘れるな
金城氏の偉業に感謝をし、これからも水を大切にする心を忘れずに
活動を続けていきたいと思います。
金城さん、すばらしいお話しを本当にありがとうございました。
湧き水fun倶楽部 11月の勉強会のお知らせです。

在沖米軍水道局時代から水道事業に関わり復帰後の沖縄県水道局発足
後も沖縄の水道一筋、沖縄の水道の「生き証人」とも言われる
金城義信氏を講師にお迎えして、沖縄の湧き水と水道、水質に関する
お話しを伺います。
どうぞお越し下さい。
日 時:11月26日(土)午後2時~4時
場 所:浦添市ハーモニーセンター 2F(交流室)
講 師:金城義信氏(沖縄県環境科学センター評議員)
テーマ:沖縄の湧き水と水道、水質について
参加費:無料
申し込みはメールで頂けると助かります。
↓
wakimizufun@yahoo.co.jp

在沖米軍水道局時代から水道事業に関わり復帰後の沖縄県水道局発足
後も沖縄の水道一筋、沖縄の水道の「生き証人」とも言われる
金城義信氏を講師にお迎えして、沖縄の湧き水と水道、水質に関する
お話しを伺います。
どうぞお越し下さい。
日 時:11月26日(土)午後2時~4時
場 所:浦添市ハーモニーセンター 2F(交流室)
講 師:金城義信氏(沖縄県環境科学センター評議員)
テーマ:沖縄の湧き水と水道、水質について
参加費:無料
申し込みはメールで頂けると助かります。
↓
wakimizufun@yahoo.co.jp
日頃『湧き水fun倶楽部』の勉強会や講演会、イベント等
活動拠点としてお世話になっています
浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンターでは、
一年に一度、施設の利用団体として登録している団体による
『ハーモニーセンターまつり』が11月20日(日)
に開催されます。時間は午前9時30分~4時まで。
(場所は浦添市立図書館、てだこホール、浦添市立美術館近く
のカルチャーパーク内にあります)
『湧き水fun倶楽部』も展示の部で資料展示を予定しています。
お時間のある方は、是非、のぞいてみてくださいね。
(浦添市湧き水mapの無料配布も行います)
活動拠点としてお世話になっています
浦添市男女共同参画推進ハーモニーセンターでは、
一年に一度、施設の利用団体として登録している団体による
『ハーモニーセンターまつり』が11月20日(日)
に開催されます。時間は午前9時30分~4時まで。
(場所は浦添市立図書館、てだこホール、浦添市立美術館近く
のカルチャーパーク内にあります)
『湧き水fun倶楽部』も展示の部で資料展示を予定しています。
お時間のある方は、是非、のぞいてみてくださいね。
(浦添市湧き水mapの無料配布も行います)
10月29日(土)午前、琉球大学資料館(風樹館)にて
久しぶりの湧き水勉強会を開催しました。

自然豊かな広いキャンパスに入っただけで、心は学生気分。
風樹館の建物はとても趣があります。
パンフレットを見て納得。
那覇市民会館などを設計した故・金城信吉氏の最後の作品
なのだそうです。
講師をお願いしたのは、風樹館学芸員の佐々木健志先生。

クモがご専門ということですが、沖縄の動植物全般の調査研究を
行っており、学校への出前授業や一般市民や教員向けの講習会
なども数多く実施していらっしゃいます。
佐々木先生のお話はとてもわかりやすいと評判で、今回も
小学校で湧き水の授業をした時の教材などで私たちにも
わかりやすくお話しして下さいました。
例えばこんな風に、ペットボトルを使って作った教材で
島尻群層(クチャ・泥岩)琉球石灰岩(珊瑚礁)の間から
水の湧き出る仕組みを実際に見せてくれました。

浦添の地層は、この2つの層の間に「知念砂層」があることも
教えて下さいました。この層は、黄色っぽい色で水はけがよいそう
です。
浦添市のお隣の宜野湾市を例に地形を見てみると、
普天間基地のある高台のあたりにある自然の豊かな場所から
水が浸透して、中南部最大の湿地帯へ水が湧き出ていること
を航空写真を使って説明してくれました。
普天間の高台の地下には、多くの洞窟があり、それが湧き水
を運ぶ水路となっていましたが、滑走路を作るために埋められた
場所も多く、水量はかなり減っているのだそうです。
浦添市も同じような地形があるにもかかわらず、住宅地として開発
があまりにも進んだため、さらに水が枯れている状態なのだとか。

基本的な湧き水についての説明は、とてもわかりやすく、私たちも
子どもたちに話をする際にとても参考になりました。
その後、湧き水周辺の生き物について、写真を見ながら
説明して下さいました。
湧き水の周囲でよく見られる昆虫の代表はトンボ。
浦添で多く見られる「オオシオカラトンボ」や
やんばるでよくみられる「リュウキュウハグロトンボ」
そして、安波茶樋川付近のようにきれいで常に流れのある
場所にしかいないという「アカナガイトトンボ」
などを写真をみながら教えてくれました。

その他、浦添市内で見られる陸生の「クロイワボタル」や、湧き水の
周囲の壁面に見られる「オキナワキムラグモ」「ヒメアマガエル」
(透明なオタマジャクシ)「リュウキュウカジカガエル」「ヌマガエル」
「シリケンイモリ」などの説明もして下さいました。
淡水に済む貝類(きれいな水にしかすめない)では、「タイワンモノアラガイ」
「ヌノメカワニナ」「カワニナ」「シジミ」「マルタニシ」。
そして、数㎜の生き物でどこから切っても再生するという「プラナリア」は
初めて耳にした不思議な生き物で、これは水温が低くて安定したところにしか
住めないのだそうです。

その他にも、ヨシノボリ、ハゼ、オオウナギ、テナガエビ、モクズガニ
などは、湧き水と海を行き来して成長するため、この生物が見られたら
そこは海とつながっていることがわかるのだそうです。
湧き水はとてもきれいで安全ですが、エサになる有機物が乏しいために、
成長するには、少し危険もともなう川や海で栄養を補い大きく成長し、
湧き水に戻ってくるのだそうです。なんだか人間にもあてはまるような
気がします。成長するためには、厳しい環境にでることも不可欠なのですね。
その後、外来種でよく見られるグッピー、テラピア。アカミミガメ、
シロアゴガエルなどにも触れ、外来種の中でも水が汚れるコイやフナは絶対に
放さないでほしいというお話しでした。
最後に、実物を見せて下さったのが、2,3日前に沖縄市で採取したという
国の天然記念物「シマチスジノリ」
(島の血筋=血管のようなノリという意味だそうです)

方言では「カースヌイ(湧き水のモズク)」と呼ばれており、
昔は食べることもあったようです。

海のモズクより少し細めですが、酢醤油で頂くとおいしそう。
佐々木先生は、湧き水にいる生物を観察することによって
水質がわかるので、見て、触って、匂いを嗅いで、五感を使って
知ることがとても大切だと教えてくれました。
湧き水の周りには森や田畑がある。湧き水を始まりとする生き物たち
のつながりが大切です。
子どもたちには、是非、生き物の名前などの知識よりも、自然の中で
の驚き(不思議、感動、恐れなど)を感じてもらうことで人を含めた
自然と生物のつながりに気づかせることがとても大事だとお話されて
いました。
それは、「自分以外の命の大切さ。(命のつながりの大切さ」が
『平和教育』につながること。
他者を理解すること。ゆとりをもつこと。これが生きる上でとても
重要であり、そのことを学べる大事な体験が自然観察の中で得られる
ことなど、とても心に響きました。
湧き水のそばにいると、「うれしい」「楽しい」「幸せになる」
これが一番大切だというお話しにとても嬉しくなりました。
『湧き水fun倶楽部』のfunは楽しむこと。
そして、私たちが活動を始めた原点は、
「湧き水の側にいるととても幸せを感じる。このような場所を
もっと大切にしていきたい」
ということだったので、そのことがとても重要なことだという
お話しは、とても励みになりました。
一時間の講義の後は、楽しみにしていた「ビオトープ見学」

みなさん、童心にかえったように水に触れ、植物に触れ、とても
楽しそうです。

なかなか昆虫の写真はうまくとれませんでしたが、
きれいなトンボがいました。

最後はみんなで記念撮影。

みなさん、とってもいいお顔です。
佐々木先生、本当にいいお話しをありがとうございました。
勉強会に参加したなみまるさんのブログも要チェック!!
http://nami5963.exblog.jp/17081332/
久しぶりの湧き水勉強会を開催しました。

自然豊かな広いキャンパスに入っただけで、心は学生気分。
風樹館の建物はとても趣があります。
パンフレットを見て納得。
那覇市民会館などを設計した故・金城信吉氏の最後の作品
なのだそうです。
講師をお願いしたのは、風樹館学芸員の佐々木健志先生。

クモがご専門ということですが、沖縄の動植物全般の調査研究を
行っており、学校への出前授業や一般市民や教員向けの講習会
なども数多く実施していらっしゃいます。
佐々木先生のお話はとてもわかりやすいと評判で、今回も
小学校で湧き水の授業をした時の教材などで私たちにも
わかりやすくお話しして下さいました。
例えばこんな風に、ペットボトルを使って作った教材で
島尻群層(クチャ・泥岩)琉球石灰岩(珊瑚礁)の間から
水の湧き出る仕組みを実際に見せてくれました。

浦添の地層は、この2つの層の間に「知念砂層」があることも
教えて下さいました。この層は、黄色っぽい色で水はけがよいそう
です。
浦添市のお隣の宜野湾市を例に地形を見てみると、
普天間基地のある高台のあたりにある自然の豊かな場所から
水が浸透して、中南部最大の湿地帯へ水が湧き出ていること
を航空写真を使って説明してくれました。
普天間の高台の地下には、多くの洞窟があり、それが湧き水
を運ぶ水路となっていましたが、滑走路を作るために埋められた
場所も多く、水量はかなり減っているのだそうです。
浦添市も同じような地形があるにもかかわらず、住宅地として開発
があまりにも進んだため、さらに水が枯れている状態なのだとか。

基本的な湧き水についての説明は、とてもわかりやすく、私たちも
子どもたちに話をする際にとても参考になりました。
その後、湧き水周辺の生き物について、写真を見ながら
説明して下さいました。
湧き水の周囲でよく見られる昆虫の代表はトンボ。
浦添で多く見られる「オオシオカラトンボ」や
やんばるでよくみられる「リュウキュウハグロトンボ」
そして、安波茶樋川付近のようにきれいで常に流れのある
場所にしかいないという「アカナガイトトンボ」
などを写真をみながら教えてくれました。

その他、浦添市内で見られる陸生の「クロイワボタル」や、湧き水の
周囲の壁面に見られる「オキナワキムラグモ」「ヒメアマガエル」
(透明なオタマジャクシ)「リュウキュウカジカガエル」「ヌマガエル」
「シリケンイモリ」などの説明もして下さいました。
淡水に済む貝類(きれいな水にしかすめない)では、「タイワンモノアラガイ」
「ヌノメカワニナ」「カワニナ」「シジミ」「マルタニシ」。
そして、数㎜の生き物でどこから切っても再生するという「プラナリア」は
初めて耳にした不思議な生き物で、これは水温が低くて安定したところにしか
住めないのだそうです。

その他にも、ヨシノボリ、ハゼ、オオウナギ、テナガエビ、モクズガニ
などは、湧き水と海を行き来して成長するため、この生物が見られたら
そこは海とつながっていることがわかるのだそうです。
湧き水はとてもきれいで安全ですが、エサになる有機物が乏しいために、
成長するには、少し危険もともなう川や海で栄養を補い大きく成長し、
湧き水に戻ってくるのだそうです。なんだか人間にもあてはまるような
気がします。成長するためには、厳しい環境にでることも不可欠なのですね。
その後、外来種でよく見られるグッピー、テラピア。アカミミガメ、
シロアゴガエルなどにも触れ、外来種の中でも水が汚れるコイやフナは絶対に
放さないでほしいというお話しでした。
最後に、実物を見せて下さったのが、2,3日前に沖縄市で採取したという
国の天然記念物「シマチスジノリ」
(島の血筋=血管のようなノリという意味だそうです)

方言では「カースヌイ(湧き水のモズク)」と呼ばれており、
昔は食べることもあったようです。

海のモズクより少し細めですが、酢醤油で頂くとおいしそう。
佐々木先生は、湧き水にいる生物を観察することによって
水質がわかるので、見て、触って、匂いを嗅いで、五感を使って
知ることがとても大切だと教えてくれました。
湧き水の周りには森や田畑がある。湧き水を始まりとする生き物たち
のつながりが大切です。
子どもたちには、是非、生き物の名前などの知識よりも、自然の中で
の驚き(不思議、感動、恐れなど)を感じてもらうことで人を含めた
自然と生物のつながりに気づかせることがとても大事だとお話されて
いました。
それは、「自分以外の命の大切さ。(命のつながりの大切さ」が
『平和教育』につながること。
他者を理解すること。ゆとりをもつこと。これが生きる上でとても
重要であり、そのことを学べる大事な体験が自然観察の中で得られる
ことなど、とても心に響きました。
湧き水のそばにいると、「うれしい」「楽しい」「幸せになる」
これが一番大切だというお話しにとても嬉しくなりました。
『湧き水fun倶楽部』のfunは楽しむこと。
そして、私たちが活動を始めた原点は、
「湧き水の側にいるととても幸せを感じる。このような場所を
もっと大切にしていきたい」
ということだったので、そのことがとても重要なことだという
お話しは、とても励みになりました。
一時間の講義の後は、楽しみにしていた「ビオトープ見学」

みなさん、童心にかえったように水に触れ、植物に触れ、とても
楽しそうです。

なかなか昆虫の写真はうまくとれませんでしたが、
きれいなトンボがいました。

最後はみんなで記念撮影。

みなさん、とってもいいお顔です。
佐々木先生、本当にいいお話しをありがとうございました。
勉強会に参加したなみまるさんのブログも要チェック!!
http://nami5963.exblog.jp/17081332/




